尊厳死思想に基づく法案

「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」の国会上程に反対します。

 

今回の法律案は両案とも、患者の尊厳のためとさえ言えないずさんな案で、障害者や高齢者らを経管栄養を止めて餓死(または人工呼吸器を止めて窒息死)させる法律案に等しく、絶対に許すことができません。

自己決定に支えが必要な、また、将来を悲観する人たちに希望を与えず、死へ急がせる必要が今あるのでしょうか。

法治国家の日本において、本人の意思に反し、悪意ある家族らの誘導で死なされる事例は一件たりとも生んでもなりませんが、殺人罪との整合性はきちんと担保されているでしょうか。

人工呼吸器を使って生活する障害者を「無駄な生」とみなすような偏見を助長する懸念もあります。

 

「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」の国会上程に反対の賛同者リストは移転しました。(仮事務局は2012年8月に閉鎖、正式事務局が東京都八王子に立ち上がりました)

賛同者名簿と2012年8月以降の情報はこちらへ http://songeshihouseikanihantaisurukai.blogspot.jp/

 

 

以下は説明資料です。 過去の経緯はhttp://www.arsvi.com/d/et-2012.htmを。

 

報道より

3月22日 TBSニュース

「尊厳死法案」関係団体から賛否の声

 

 私たちの死のあり方を変えることになるかもしれない法案“尊厳死法案”の原案

を国会の超党派の議員連盟が22日、提示しました。患者が書面などで希望した

場合、延命措置を始めなくても医師の刑事責任を問わないとする内容で、関係団

体から賛否の声が上がっています。

 

 議員連盟の総会で示された“尊厳死法案”の原案。回復の可能性がなく死期が間

近な状態を「終末期」と定義し、患者から書面などで希望があった場合、「医師

は延命措置を開始しなくてもよい」としています。現状、こうした行為は医師が

刑事責任などを問われる可能性もありますが、医師の免責が明文化されました。

会場にはこの法案に懸念を示す人工呼吸器を着けた患者たちの姿がありました。

 

 東京・江東区で療養生活を送るALS患者・岡部宏生さん(54)。意識を保

ちながら徐々に全身の筋肉が衰え体が動かなくなる原因不明の難病です。介護ヘ

ルパーは岡部さんの目の動きで言葉を読み取っていきます。

 

Q.岡部さんにとって人工呼吸器とは?

 「私にとってはもちろん生きるための道具」(ALS患者 岡部宏生さん)

 

 ALSは人工呼吸器を着ければ寿命まで生きられますが、人工呼吸器を着ける

か着けないかの選択が生死の分かれ目となります。

 

 「私も真剣に死ぬことを考えていました。今も葛藤はあります」(ALS患者

岡部宏生さん)

 

 人工呼吸器を着ければたんの吸引など24時間の介護が必要となり、家族の負

担を考え人工呼吸器を着けない選択をする患者が多くいます。社会の介護体制が

不十分なまま尊厳死が合法化されれば、患者がさらに死を選ばされることにつな

がるのではないかと岡部さんたちは懸念します。

 

 「家族との関係やケアの体制なども深く関係します。悩みは深いです」

(ALS患者 岡部宏生さん)

 

 一方、尊厳死の法制化を求めている人たちもいます。会員およそ12万

5000人の日本尊厳死協会。協会では「延命措置の拒否や取りやめ」などの希

望を記した尊厳死の宣言書「リビング・ウイル」の普及活動を行っています。現

状でも厚生労働省のガイドラインなどに従えば尊厳死は実施できますが、協会で

は医師の免責を盛り込んだ法制化が不可欠だと訴えます。

 

 「やはりガイドラインでは法的拘束力は持っていないので、それはきちんと担

保してほしい。保証してもらいたい」(日本尊厳死協会 高井正文常任理事)

 

 22日の総会で意見を求められた障がい者団体からは「危機感を持って受け止

めている」と尊厳死の法制化自体に強く反対する声が上がりました。

 

 「なぜこのような法律が必要なのか、誰のために必要なのか」(DPI日本会議)

 

 また、法案では現場の医師が直面している課題である延命措置の「中止」や意

思のわからない患者への対応については対象とされず、医師の代表である日本医

師会からは「法律にする意味があるのか」と疑問が呈されました。

 

 「今日改めて意見を頂いたことを私どもはしっかり受け止めながら、検討すべ

きところもあるのかなと」(増子輝彦議連会長)

 

 議連では今の国会に法案を提出したい考えですが、調整には難航が予想されま

す。(2221:07

 

 

(ALSの岡部さんの写真はこちらのALS在宅生活特集記事を http://www.kaigoseido.net/i/als-chiikiseikatsu.htm )

 

 

 

 

日経新聞 2012/3/22 22:12

 

延命治療しない医師免責 議連が法案、終末期患者の意思なら

 

 

 超党派の「尊厳死法制化を考える議員連盟」は22日、終末期の患者が延命措置

を望まない場合、延命治療をしない医師の責任免除などを柱とする法案を初めて

まとめた。終末期かどうかは2人以上の医師が判断。「延命措置の不開始」の意

思表示には書面が必要としている。

 

 議連は各党内の議論を経た上で、今国会で議員立法の提出を目指すが、「尊厳

死」を巡っては賛否が割れており、法案提出の行方は不透明だ。

 

 法案は22日の議連総会で「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法

律案(仮称)」として提示された。

 

 「終末期」について「患者が傷病について行いうるすべての適切な治療を受け

た場合であっても、回復の可能性がなく、かつ、死期が間近であると判定された

状態」と定義。終末期医療の知識や経験のある2人以上の医師の判断が一致した

場合を「終末期状態」の患者と規定した。

 

 その上で、延命措置を新たに始めない要件として、患者が延命治療を希望しな

いことを書面で意思表示している場合と明記。すでに行われている延命措置の中

断はできないとしている。

 

 延命措置の対象は人工呼吸器だけでなく、点滴などによる栄養や水分の補給な

どとした。

 

 「延命措置の不開始」の意思表示は15歳以上とし、臓器移植法とは異なり、家

族の判断は含めなかった。こうした患者本人の意思を尊重した場合、医師につい

ては民事、刑事、行政上のいずれの責任も問われない。

 

 議連総会には各団体が出席した。日本尊厳死協会が「希望通りの死を迎えられ

ていない患者が多い。法案は延命措置の中止は盛り込まれていないが、患者の意

思が尊重されている」と賛成を表明。障害者団体「DPI(障害者インターナ

ショナル)日本会議」は「終末期の認識は個々人で異なり、法律で決められな

い。白紙撤回すべきだ」と強く反発した。

 

 

東京新聞の見開き2面を大きく使った尊厳死法案の特集記事

http://www.kaigoseido.net/o/0329.pdf

2012年3月29日

 

 

4月27日 TBSニュース

「尊厳死法案」反対、議員向け勉強会

 超党派の国会議員で検討されている「尊厳死法案」をめぐり、障害者や難病患

者らが国会議員向けの勉強会を開催し、尊厳死法制化の反対を訴えました。

 勉強会は尊厳死の法制化に反対する障害者や難病患者らが主催したもので、法

制化を検討している超党派の議員連盟の議員を含む、およそ100人が参加しま

した。

議員連盟では「患者が書面などで希望すれば、医師は延命措置を開始しなくて

もよい」などと、医師の免責を盛り込んだ法案を今の国会に提出することを検討

しています。

 これに対し、勉強会に出席した患者らからは、「十分な医療や介護を受ける環

境が整ってないなかで、尊厳死が法制化されると、死ぬことを迫られるようにな

る」といった意見が述べられ、出席した専門家や日本弁護士連合会からも「拙速

な法制化には反対する」という意見が出されました。

 

 

2012/05/31 22:05   【共同通信】

呼吸器取り外しも可能に 超党派議連の尊厳死法案

 超党派の「尊厳死法制化を考える議員連盟」(会長・増子輝彦民主党参院議

員)は31日、議員立法での国会提出を 準備している尊厳死に関する法案の原

案を修正し、免責対象となる医師の行為を、人工呼吸器の取り外しなど「現に行

っている延命治療の中止」に拡大する方針 を決めた。

 これまでは「新たな延命治療の不開始」に限っていた。がんなどで終末期にあ

る患者本人が尊厳死を望む意思を表示している場合で、2人以上の医師の判断を

条件とする点は変わらない。

 議連は6月6日に総会を開き、修正案を公表する予定。

 

 

日弁連会長声明

 「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案仮称)」に対する会長声明

尊厳死法制化を考える議員連盟」が、「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」(以下「本法律案」という。)を発表し、本法律案を、本通常国会に超党派の議員立法で提出する予定と報じられている。

本法律案は、終末期の延命治療の不開始を希望する患者の意思を表示する書面などに従い延命治療の不開始をした医師を免責することを主たる内容として、いわゆる尊厳死(以下「尊厳死」という。)を法制化しようとするものである。

そもそも、患者には、十分な情報提供と分かりやすい説明を受け、理解した上で、自由な意思に基づき自己の受ける医療に同意し、選択し、拒否する権利(自己決定権)がある。この権利が保障されるべきは、あらゆる医療の場面であり、もちろん、終末期の医療においても同様である。また、終末期の医療において患者が自己決定する事柄は、終末期の治療・介護の内容全てについてであり、決して本法律案が対象とする延命治療の不開始に限られない。特に、延命治療の中止、治療内容の変更、疼痛などの緩和医療なども極めて重要である。この点、2007年5月に、厚生労働省が公表した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」においても、「医師等の医療従事者から適切な情報提供と説明がなされ、それに基づいて患者が医療従事者と話し合いを行い、患者本人による決定を基本としたうえで、終末期医療を進めることが最も重要な原則である」と確認されているとおりである。疾患によって様々な状態である終末期においては、自ら意思決定できる患者も少なくないが、終末期も含めあらゆる医療の場面で、疾病などによって患者が自ら意思決定できないときにも、その自己決定権は、最大限保障されなければならない。しかるに、我が国には、この権利を定める法律がなく、現在もなお、十分に保障されてはいない。

特に終末期の医療に関する自己決定に関しては、これが真に患者本人の自由な意思に基づくものであることを保障する手続や基盤の整備が必要である。本法律案が対象とする終末期の延命治療の不開始は、患者の生命を左右することにつながる非常に重大な決断であるところ、患者が、経済的負担や家族の介護の負担に配慮するためではなく、自己の人生観などに従って真に自由意思に基づいて決定できるためには、終末期における医療・介護・福祉体制が十分に整備されていることが必須であり、かつ、このような患者の意思決定をサポートする体制が不可欠である。しかしながら、現在もなお、いずれの体制も、極めて不十分である。

このような視点から、当連合会は、2007年8月に、「『臨死状態における延命措置の中止等に関する法律案要綱(案)』に関する意見書」において、「尊厳死」の法制化を検討する前に、@適切な医療を受ける権利やインフォームド・コンセント原則などの患者の権利を保障する法律を制定し、現在の医療・福祉・介護の諸制度の不備や問題点を改善して、真に患者のための医療が実現されるよう制度と環境が確保されること、A緩和医療、在宅医療・介護、救急医療等が充実されることが必要であるとしたところであるが、現在もなお、@、Aのいずれについても全く改善されていない。そのため、当連合会は、2011年10月の第54回人権擁護大会において「患者の権利に関する法律の制定を求める決議」を採択し、国に対して、患者を医療の客体ではなく主体とし、その権利を擁護する視点に立って医療政策が実施され、医療提供体制や医療保険制度などを構築し、整備するための基本理念として、人間の尊厳の不可侵、安全で質の高い医療を平等に受ける権利、患者の自己決定権の実質的保障などを定めた患者の権利に関する法律の早期制定を求めたものである。

本法律案は、以上のように、「尊厳死」の法制化の制度設計に先立って実施されるべき制度整備が全くなされていない現状において提案されたものであり、いまだ法制化を検討する基盤がないというべきである。しかも、本法律案は、医師が、患者の希望を表明した書面により延命措置を不開始することができ、かつその医師を一切免責するということのみを法制化する内容であって、患者の視点に立って、患者の権利を真に保障する内容とはいい難い。また、「尊厳死」の法制化は、医療のみならず社会全体、ひいては文化に及ぼす影響も大きい重大な問題であり、その是非や内容、あるいは前提条件などについて、慎重かつ十分な国民的議論が尽くされることが必須である。

当連合会は、こうした前提を欠いたまま、人の生命と死の定義に関わり国民全てに影響する法律を拙速に制定することに、反対する。

2012年(平成24年)4月4日

日本弁護士連合会
会長 宇都宮 健児

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2012/120404_3.html

 

 尊厳死法制化を考える議員連盟  幹事 藤原 正司 様

2012229

 

「尊厳死」法制化に反対する緊急アピール

DPI(障害者インターナショナル)日本会議  議長 三澤 了

 

貴職におかれましては、日頃より障害者施策の拡充にご尽力いただいていることに対し、心より敬意を表します。

 

私たちDPI日本会議は、種別を超えた障害当事者主体の87団体が加盟し、1986年の結成以来、自立と社会参加、権利保障を確立するための活動を進めてきています。近年は2006年に国連で採択された障害者権利条約の批准に向けて、内閣府に設置された障がい者制度改革推進会議などを通じて、さらにその取組みを強化しています。とりわけ、どんなに重度の障害があっても地域での自立した生活の権利の実現を目指して活動を進めています。

 

さて、貴議員連盟が法制化を検討している「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案(仮称)」につきまして、私たちは強い危機感を持って受け止めています。なぜこのような法律が必要なのか、誰のために必要なのか理解できません。洋の東西を問わず、歴史上、障害者は生存を脅かされ、厳しい差別と偏見、排除の中で過酷な生活を強いられてきました。21世紀の今日においてさえ、障害者の人権が確立したとは到底言える状況ではありません。

 

障害があっても他の人々と同等の、当たり前の暮らしが出来ること、重い病気であっても、必要な医療や介護を受けながら、その人らしい尊厳ある生を保証することこそが、国の責任ではないでしょうか。人間の生死に関わる重大な法制度が、国民的な議論もないまま法案が作成され、国会に上程されようとしていることは断じて許されません。

 

以下、現在示されている内容について、私たちの見解を表明するとともに、2点の要望をいたします。

 

医療現場における医師と患者あるいは家族との関係は、医師の側に優位性があると言わざるを得ず、対等性を担保するための実効性のある施策の整備が まず必要である。

 

「終末期」の認識は個々人によって異なるものであり、一律に法律などによって決められるものではない。

「延命措置」という表現は、マイナスイメージとして使用されており、必要のないものという認識が前提となっている。人工呼吸器、栄養補給、人工透 析などは、「生きるための必要不可欠な手段」である。「生存期間延長」のた めの行為はなぜ必要ではないと言い切れるのか不明である。

 

「呼吸器は使用しないで欲しい」、「はずして欲しい」という声は現場ではあるかもしれない。大切なことはなぜそうした声が上がってくるのかということだ。その思い、背景を十分に検証しなければならない。手続きとしての「延命措置の差し控え」は、軽々に語るべきことではない。

 

免責条項で医師の心理的負担は軽減するであろうか。本条項が法律案の肝であるとすればまさに本末転倒と言わざるを得ない。

 

昨年の通常国会で全会一致で成立し8月より施行されている改正障害者基本法では、その第3条に「全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する」と規定されている。また、基本法改正施行直後にまとめられた障がい者制度改革推進会議・総合福祉部会の「総合福祉法に関する骨格提言」では、地域で生活する基本的権利として「障害ゆえに命の危険にさらされない権利を有し、そのための支援を受ける権利」の保障を求めている。

 

このように障害者権利条約の批准に向けた障害者制度改革では「尊厳にふさわしい生活を保障される権利」を求めているが、現在進められようとしている法制化は、こうした動きと逆行するものと言わざるを得ない。

 

                         記

 

障害者、患者、家族等、当事者・関係者の意見を十分に聴取すること。

現在進められている法制化を白紙撤回すること。

以上

 

 


 尊厳死法制(終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案) に反対する(声明文)


 社団法人全国脊髄損傷者連合会    副理事長 大濱眞

 特定非営利活動法人日本せきずい基金 理事長 大濱眞

 

 いわゆる尊厳死法案では「終末期の医療における患者の意思の尊重」することが

 前面に謳われている。ここで、本法案の定義で「終末期」とは、「患者が、傷病

 について行い得る全ての適切な治療を受けた場合であっても回復の可能性がな

 く、かつ、死期が間近であると判定された状態にある期間をいうもの」とある。

  しかし、

 1.誰が「適切な治療を受けた場合」と判断するのか? 言い換えれば、リスボ

 ン宣言(患者の権利に関する世界医師会(WMA)リスボン宣言)の原則として

 の、患者が「良質の医療を受ける権利」に、医師が十分に応えたかを誰が判断す

 るのか?


⇒ 現実問題として、判断しうる人はいない。


 
※ 私事であるが、大濱は、頸髄を損傷した当初の急性期に3度、医師から「あ

 と数時間の命ですから」と家族・親戚に集合命令がかかった。また、頸髄を損傷

 して1週間後に、気管を切開されて人工呼吸器を装着されていた。

 このような、私事と照らし合わせたケースを想定すると、途中で医師が「適切な

 治療をした」また「回復の可能性がなく、かつ、死期が間近」と判断したとし

 て、頸髄を損傷する以前に私が「延命措置の差控えを希望する意思を書面」にサ

 インしていたら今の私は存在しない。

 このように、「延命措置の差控え」について終末期であるとの判断が医師に委ね

 られるとしたら、医療技術が日進月歩に発展するなかで、医師によって、病院に

 よって医療水準に差異が常に存在し(すべての医師または病院が最高・最善の水

準に達することは不可能)、「最善の良質な医療」を患者が受けらない以上、結

果としては殺人である。

すなわち、リスボン宣言が謳う「良質な医療を受ける権利」を医師が患者に全う

させようとすれば、この法案に言う「適切な治療」を完遂したと判断を下せる人

はいない。


 
2.「回復の可能性がなく」の判断は、医師でも困難であり、経験則に基づいた

 推定程度あろう。だとすれば、経験則に基づいた推定で治療を差し控え、死に至

 らしめたとすると、たとえ同意文があろうともこれは殺人であろう。また、同じ

 くリスボン宣言の「1.良質の医療を受ける権利」のa項、c項、d項、f項に反し

 ている。特にf項の「患者は継続性のある医療を受ける権利を有する。医師は医

 学的に適切なケアが一貫性を保って患者に提供されるよう他の医療提供者と協力

 する義務を負う。医師は、患者がそれに代わる治療の機会が得られるような適切

 な支援と十分な配慮をすることなしに、医学的に必要な治療を中断してはならな

 い。」の中断であり、限りなく殺人に近い行為または殺人である。

 

 3.「死期が間近である」との判定の後、蘇生した事例は、私の事例を挙げるま

 でもなく、多数報告されている。死期が間近であるとの判定は、誰にもできない。

 以上のように、本法案が大前提としている「終末期」の定義規定そのものが現実

 的に無理があり、終末期と判断できる人(医師)は存在しない。存在するとすれ

 ば、リスボン宣言を無視あるいは違反し、患者を死へ誘導する者(医師)であ

 る。この場合、殺人罪に問われるであろう。


 
最近の事例として

 2011年9月27日24時間介護が必要なのに公的な介護時間に上限があるの

 は違法として、和歌山市に住むALSの患者が、市を相手に24時間介護を求め

 た訴訟で、和歌山地裁は、患者1人が1日20時間の介護サービスを受けられる

 よう仮の義務付け命令を出した。

 

 ----------------------------------------

 「地裁による仮の義務付け命令による波及効果」

 

 上記、地裁の仮の義務付けの命令が出た直後、京都市近隣の市で、地域に住む

 ALS患者に対して、(それまで重度訪問介護の支給は1日10時間が上限と市

 は言っていたが)、一日20時間の支給決定をしたいと言い出した。

 この自治体はその前の月まで、そのALS患者に対して、「うちでは上限が

 300時間」と言っていた。

 そういう行政の雰囲気を受け、そのALS患者は、介護が重くなったら家族に迷

 惑がかかる、そこまで家族を苦しめたくない、呼吸器はつけずに死ぬ、と言って

 いました。

 主治医も、「この患者は呼吸器つけずに逝くのかな」という認識だった。

 和歌山地裁が仮の義務付け命令を下した翌日に、このALS患者のケア会議があ

 り、自治体の職員も同席。ALS患者は「行政のヘルパー時間数の判断次第で

 は、家族に迷惑かかるから呼吸器をつけない。どういう意向か」、と市職員に問

 いかけた。市職員は、同じようなALSの患者で、近隣の都市でも620時間程

 度出ているので、制度的にはいける、と言いました。

 なんと、これにより、そのALS患者は、呼吸器をつけて生きる、と判断をした。

長時間介護が出るかどうかの支給決定こそ、生死をわける最大の問題でした。

 それが出たから、その人は、家族とともに生きる、という決断をしました。

 ----------------------------------------

 

 上記の事例のように、充分な公的介護を受けられないために死を選ぶ、最善の医

 療を受けられないので死を選択せざるを得ない。このような環境が現存する。尊

 厳のある死とは何かという疑問もあるが、尊厳死、安楽死の議論は、まず安心し

 て生きることができる社会保障制度が確立し、必要な人には必要な公的介護が受

 けられ、また必要な最善の医療が施されるまでは、議論を遡上に乗せるのは危険

 である。死を選択したくないのに、現状の社会保障制度下では選択せざるを得な

 い。このような状況を助長し、黙認しているこの法案は、非常に危険である。

 

 従って、当団体としては、本法案に反対する。

                                                  以上

 

 

 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

参考

 20時間の介護認める=ALS訴訟、初の仮義務付け−和歌山地裁

 時事 2011/09/27-19:37

 http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011092700800

  24時間介護が必要なのに公的な介護時間に上限があるのは違法として、和歌

 山市に住む筋萎縮性側索硬化症(ALS)の70代の男性患者2人が、市を相手

 に24時間介護を求めた訴訟で、和歌山地裁(高橋善久裁判長)は27日まで

 に、患者1人が1日20時間の介護サービスを受けられるよう仮の義務付け命令

 を出した。原告弁護団によると、障害者自立支援法をめぐる裁判で、仮の義務付

 け命令が出たのは初めて。決定は26日付。もう一人の原告患者は今月8日に亡

 くなったため、決定が間に合わなかった。決定は、原告患者にはほぼ常時介護

 サービスが必要と認めた上で、妻の健康状態や経済状況を考慮。1日20時間分

 の介護サービスについて公的給付が必要と判断した。その上で「緊急の必要性が

 ある」として市に対し、介護保険法で賄われている3.5時間分に加え、障害者

 自立支援法に基づき1日16.5時間の介護給付費の支給を仮に義務付けた。

 

 

 

尊厳死法制化を考える議員連盟の皆さまへ  平成24年 6月 3日

 全国遷延性意識障害者・家族の会  代表  桑山 雄次

 

私たちは、「終末期の医療に患者の意思の尊重に関する法律案」

(いわゆる「尊厳死法」)による法制化に強く反対し、慎重な議論を求めます。

 

 

私たちの会は、事故や病気で最重度の中途障害(遷延性意識障害=いわゆる「植物状態」)を負い、日夜、医療や介護の問題で苦闘している障害者・家族の団体です。

障害を負う原因は、交通事故、脳卒中、心肺停止、労働災害、犯罪被害、スポーツ事故、医療過誤など、多くの原因があります。

 昨年度に、上記法案について検討が開始され、他の多くの団体からも反対声明が出ています。私たちの会は、介護の合間をぬう困難な中、全国から多くの者が上京し、総会を行い、その中でこの声明を採択しました。

 

 私たちの会は、結成されて8年になります。結成以前より、医療や福祉の十分なあり方を求めて、国や自治体と交渉を各地で行ってきました。今まで、決して少なくない方々が、意識障害を脱し、明確なコミュニケーションをとれるようになることを見てきています。

また、毎年行われる日本意識障害学会にも、10年以上、発表や出席を続け、回復の事例を見てきました。

顕著な例では、自動車事故によって、遷延性意識障害者に陥った障害者の治療・看護を集中的に行う、(独)自動車事故対策機構の療護センターや委託病床が全国に260床あまりあります。その中で、意識障害から脱却される人は10%程度あり、また意識回復まではいかないものの、かなり多くの人の改善が実証されています。本来、十分な医療や看護、リハビリテーションがあれば、回復が可能な人々は、潜在的には相当な数になると思います。

 

 今回の法案は、「終末期の判定」、「延命措置の差し控え」と、「医師の免責」を求めるものと考えていますが、以下の点を慎重に審議して頂きたいと考えています。

 

1、        終末期の定義について

 今まで「終末期」「臨死期」「ポイント・オブ・ノーリターン」など、多くの事柄が議論されてきましたが、いわゆる「終末期」の定義は、厚労省のガイドライン、日本医師会、救命医学会の見解などでも不明です。法制化されるときの「終末期」は、「案」にあるように本当に二人の医師の判断で十分なのでしょうか。

 

2、        延命医療の差し控えについて

 13年前の平成11年に、「脳死」からの心臓移植などが法制化されました。(「臓器移植に関する法律」)その議論の中では、「ご本人がドナーカードを持っているから」ということが大きな理由になったと理解していますが、その後、平成21年に改定され、家族の同意で移植が可能になり、22年には親族への優先提供も可能になりました。

 今回の法案では、「本人の意思が不明の場合は、この法の対象としない」ということが明記されているのですが、「法」は時代とともに変わるので、変更もあり得るということに、疑念がどうしても拭うことができません。

 また、「本人の意思」についても、決して十分とは言えない我が国の医療や福祉の中で、長期療養も難しく、重い障害のある当事者本人が、家族や周囲を慮って「意思」を表明する場合もあり、それは本当に「本人の意思」と言えるのでしょうか。

 

3、        医師の免責について

 終末期の判断が問われる救命の現場で、「医師が救命をしなくとも良い」ようにもとれる可能性があることに、非常に不安を覚えます。「終末期」の判断もさることながら、当会会員のような障害の極めて重い、遷延性意識障害の場合は非常に厳しい状態にあります。

 

 私たちは、止む無く医療が中止されるケースを否定しませんが、それは患者・家族と医療職との信頼関係があれば、現状でも十分可能ですし、その信頼関係こそが、最も求められているのは明らかです。またそれは決して、法制化ということで進むわけではありません。

また、自己決定の原則を理解しつつも、過剰なまでの自己決定論には懐疑的で、私たちの意思決定には家族や周囲の多くの人々とともに行っているというのが実感です。

この問題は、個人の価値観や信条、宗教観など多くの要因が考えられ、本来議会で多数決をとるような法には馴染まない面がありますが、法制化には過半数でなく、かなり多くの賛同が必要であろうと考えています。

 

 他方、この法案には、「回復不能な遷延性意識障害者」のことが、強く意識されている背景があります。人の生きる「尊厳」には比較不可能性があると私たちは考えています。

終末期を医療の中止という形で迎えるのも「尊厳」の在り方でしょうし、最期まで医療を続け、人の命を守るのも「尊厳」の在り方と思います。またグローバルスタンダードとされる「欧米では認められている」と一括りで言っても、英米と大陸でも異なり、ヨーロッパの中でも国によって、「尊厳」の内容にも非常に差があります。

 

 そのような中で、終末期の議論をされ、法制化されることについて、強い危惧を覚えます。私たちは、尊厳死法制化を考える議員連盟の方々には、慎重な審議を求めるとともに、この法の制定=医療の不開始には反対を表明します。

 

 

 

http://www.bakubaku.org/songenshi-houseika-hantai-seimei20120313.html

人工呼吸器をつけた子の親の会(バクバクの会)

会長 大塚 孝司

 尊厳死の法制化に反対します
―バクバクっ子「いのちの宣言」とともに―

  国会議員のみなさまにおかれましては、すべての子どもたちの命を健やかに守り育むために、日夜、ご尽力いただきまして、心より感謝しております。

  私たち、人工呼吸器をつけた子の親の会<バクバクの会>の子どもたち(以下、バクバクっ子)の多くは、病気や事故など理由は様々ですが、長期に渡って人工呼吸器や経管栄養を使いながら、生活しています。

  2012年3月7日、東京新聞朝刊で、「終末期患者が延命治療を望まない場合、人工呼吸器装着など延命措置を医師がしなくても、法的責任を免責される法案」が、三月中にも議員立法で国会に提出されようとしていることが報じられました。

  現在、国連障害者権利条約の批准をめざし、どんな重い障害があっても、ひとりのかけがえのない人間として尊重され、当たり前に暮らせる方向を目指し て、障害者施策の見直しがされている中で、なぜ、このように重度障害や難病をもつ人々の命の軽視につながりかねない法案が上程されようとしているのか、私 たちには理解できません。

  法案では、「適切に治療しても患者が回復する可能性がなく、死期が間近と判定された状態を『終末期』と定義」されているようですが、人の命とは、専門家といえども簡単に推し量ることなどできないことをバクバクっ子たちが証明しています。

  バクバクっ子のほとんどは、当初、医師より生命予後不良との宣告を受けたものの、それらの予測を大きく覆して、それぞれの地域で様々な困難に直面しな がらも、年齢に応じた当たり前の社会生活を送りたいと願い、道を切り拓いて来ました。医療によって命を救っていただき、サポートしていただいたからこそ、 彼らの「現在」があります。

  その生き抜く彼らの姿から、生きても仕方のない命など一つもないことを私たちは教えられました。さらに、彼らの未来を阻む最も大きな障壁は、彼ら自身 の障害や病気などではなく、わたしたち家族を含めた社会の「重い障害や病気を持って生きることは尊厳がない」という決めつけであることにも気づかされまし た。

  その人の思いに沿った医療は、本人・家族と医療関係者のみなさんが、信頼関係の下、ていねいにコミュニケーションをとっていくことで実現されるはずで す。それを、わざわざ法制化することは何を意味するのでしょうか。私たちは、今後、重度障害や難病をもつ人や子どもたちの未来をも否定されていく方向に、 社会が転がり落ちていくのではないかという大きな危惧を覚えます。

  20108月、バクバクの会設立20周年集会において、バクバクっ子たちが「バクバクっ子・いのちの宣言」を発表しました。私たちは、この「いのちの宣言」を添え、ここに、尊厳死法制化反対を表明します。

 

 

 

 

 

 

2012年5月1612時から

尊厳死議連の自民党のあべ俊子議員を訪問しました。


訪問者 

社団法人脊髄損傷者連絡会:大濱

ALS・NMD在宅支援さくら会・日本ALS協会:橋本、川口

TIL呼ネット・CIL北 :小田

簡単な当日の記録


大濱

「ALS和歌山裁判の結果、京都の患者が生きていく希望をもった。」

「介護が必要な人には24時間介護を保障しなければならない」

高額医療費、支払えずに治療を断念する人もいる。

本当は生きたいのに」


あべ

「行政の縦割りで地域支援がうまくいっていない。

急性期医療にお金が溜まっているし、臓器別の医学教育が間違い。

治らない病気はどうするのかと問いただしている。

今回は難病の人たちは診断名がつくまでにお金がかかっていることが

わかった。高齢者はさぼどではなく、急性期の高度医療に金がかかる。

そこを削る」

「安楽死ではない。切り分けて欲しい。

「法案は、家族の決定はすべて外し、本人だけの決定にした。」

「本人が意思を神に残していたらそのとおりにして、家族の意見は

通らない。障害者に配慮している」


役員会で、A案のほかB案も出す予定。

B案では障害者に配慮して、「回復可能性のない」について外してある。

さらに、治療停止を盛り込んでいる。

この2案を出して、みんなで議論する。

反対するのではなく、ここがおかしいという風に指摘してほしい。



橋本

「厚労省に丸投げしないでほしい。3年ごとに見直しとあり、

3年ごとに滑って行くから」


あべ

「厚労省でやっていかなければならない」

法律にしたがって、各学会のガイドラインも書き換えていく作業をする。

周産期医療で、障害児が増えている。こんなに障害の重い子の多い国はない。

施設に預けっぱなしになっていてかわいそう。地域医療は受け皿がない。

このままでは、医療にアクセスできる人とできない人がいる

バランスを考えたい。


大濱「死ぬ権利じゃなく。生きる権利を先に」


あべ「同時進行でやっていく」尊厳死協会の20万人の会員の意見があり、

毎週来ている。泣いて訴える。治療停止を求めているが、

私はB案は反対している。

議員は考えていないから。


川口

「15歳でラグビー等で受傷し、救急で運ばれても尊厳死カードを持っていたら

治療をしてもらえなくなる。せきそんになるくらいなら死んだほうがましだということか。

助かるはずなのに死んでしまう」


あべ

「人間は必ずいつか死ぬんです。デーケン先生も死の準備教育をと言ってるでしょ?」


議連は、2案を出して、どっちがましかの選択問題で

議論して通すつもり。


脳死・・・の時と同じ手法です。

 

 

平成24424日の日本尊厳死協会理事長、井形昭弘氏の見解は事実誤認


平成24525
NPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会 橋本 操


自民党での説明会で配布された井形氏による「法律案に反対する団体の意見に対する()日本尊厳死協会の見解」の次の文章には事実誤認があります。


井形:「おわりに。2004826日、相模原市でALS(筋委縮性側索硬化症)に罹患し人工呼吸器装着を選択した息子が、その後人工呼吸器装着を悔やみ、母親に取り外しを懇願し、母親が人工呼吸器のスイッチを切るという事件が発生しました。息子は死亡し母親は殺人罪に問われましたが、裁判所は息子の懇願事実を認定し、嘱託殺人罪で執行猶予付きの懲役判決を下しました。」


 我々は、この公判のすべてを傍聴し、事件の関係者への聞き取りもしました。


当時、ALSの息子は全身性の麻痺のため意思伝達機能が低下し、母親が意思を読み取るのはままならない状態でした。神経内科医である主治医は、かかりつけ医に指示し、訪問看護師(透明文字盤を使って息子の意思の読み取りができた)を派遣し、患者から「呼吸器を外して死にたい」という意思確認をもって、患者の「死ぬ権利」として訴訟に持ち込もうとしました。しかし、患者は看護師の読みとる文字盤に「呼吸器は苦しくてもそのままでよい。」と伝えました。(裁判記録に明示)すなわち、患者は最終段階で意思を覆し、呼吸器の取り外しはしないと意思表示しました。しかしながら、判決では嘱託殺人となったため、患者が直前に意思を覆した事実は伏せられ、日本神経学会やALSの国際学会等で、日本の法の不備により治療停止ができないために起きた事件として報告されてきました。このことは、患者が意思を変えても家族や医師は聞き入れないこと、意思の表現が難しい者の意思は他者により曲解され、都合よく扱われる事例を提示しています。


患者会の独自調査では、母親は36524時間、たった一人で息子の介護をしていたため、過重な心身の負担を抱えていたこと、当時この地域ではヘルパーが吸引等を実施していなかったことが判明しています。殺される直前の息子はレスパイト入院を強く拒み、少しでも介護を休みたかった母親を絶望させていました。


母親は八方ふさがりの中で、症状が悪化する一方の息子の介護をし、自らの精神も病んでいました。公判後も精神を病んでいた妻の世話は執行猶予中も同居の夫に委ねられており、社会から見放され救いのない中で、夫による自殺幇助の形で妻は命を絶っていきました。


相模原市で起きたこの事件は、治療停止により解決できる問題ではなく、家族介護に対する社会の責任を問うべき問題です。



(相模原事件  http://www.arsvi.com/d/et-2004s.htm

 

6月の状況

 

3月の議連ヒアリングは障害者団体の代表としてDPIが呼ばれたのですが、6月6日の議連総会には、日本医師会と日弁連だけが呼ばれました。


    第13条が今回の注目点で、

    1項の障害者の尊厳は1案、2案にある。

    1案が現在行われている延命措置を中止できる法律。

    2案はそれは書かれていないもの。

    1案に比べれば2がましだからとして妥協させるように仕向ける、権力の常套手段でしょうか。

      13条2項のもうひとつの意味は、法定化されるとかえって今現場で行われている延命措置不開始が出来なくなってむしろ逆行という医師会からの批判への反論条項ということ。

     13条1項を設けたからもう障害者の意見は聴く必要はないという態度なのでしょうか。

 

法案第1案 http://www.kaigoseido.net/o/120606-1.pdf

法案第2案 http://www.kaigoseido.net/o/120606-2.pdf

第1案と第2案の違い http://www.kaigoseido.net/o/120606-3.pdf

議事次第 http://www.kaigoseido.net/o/giji.htm

 

 

 

日経新聞 2012/6/7 12:02

 

 延命中止で免責検討 尊厳死巡り議連が法案

死法制化を考える議員連盟」は7日までに、終末期の患者が延命措置を望まない場合は、人工呼吸器の取り外しなど「延命措置 の中止」をした医師の責任を免除する法案を公表した。3月に公表した、新たな延命措置を始めない「不開始」を免責するとした法案より、範囲を拡大した。今 後、関係団体から2つの案への意見を聞く。

 議連は今国会を前提に、議員立法による早期の法案提出を目指している。ただ免責の適用範囲などを巡っては議連内でも意見が割れており、提出の見通しは不透明。

 終末期の判定は、2人以上の医師の判断が一致することが必要とした点や、延命措置を望まないことを書面などで意思表示している場合に限り、医師の民事、刑事上の責任は問われないとした条件は変わっていない。

 両案とも、一度示した意思の撤回が可能であることや、意思表示が難しい人は対象とならないことを明確にするため「障害者の尊厳を害することのないように留意」との文言を新たに加えた。

 

 

 

2012 66日に開催された尊厳死議連総会の音声データをデータ便にアップしました。

下記からダウンロードお願いします。

http://dtbn.jp/sepv0hH

 

 

6日の総会には、日本医師会、日弁連がご意見拝聴で呼ばれています。

敬称略

日本医師会;副会長 羽生田、常任理事 藤川

日弁連;事務次長 中西、人権擁護委員会副委員長 増子、人権擁護委員会第4部会部会長 黒木

衆議院法制局;課長 飯野

 

議連に参加している議員がまた増えました。

528日現在で121名となっています。

自民が57、民主が52と大半を占めています。

 

 

更に詳しく&過去の経緯は http://www.arsvi.com/d/et-2012.htm を。

 

「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」の国会上程に反対の賛同者のHPは移転しました。(仮事務局は2012年8月に閉鎖、正式事務局が東京都八王子に立ち上がりました)

賛同者名簿と2012年8月以降の情報ははこちらへ http://songeshihouseikanihantaisurukai.blogspot.jp/